お月様にあいたくて

闇夜の砂漠で月を待つ。 それが日常。 たまには、こっそりひっそり毒でも吐こうか。

ノラ

犬、飼いたいんだってよ

娘さんが結婚してから、徐々に足が遠のいていた。

久々に犬の散歩に行ってきた。
相変わらず喜んで大騒ぎの大歓迎をしてくれた。
耳が聞こえなくても、君には私がわかるのかい?
もしかして、おばちゃん、猛烈に臭っているのかい?(笑

頭を撫でようとしたら、目をしばたきながら頭を平らにしてよける。
あっ。前の犬も同じだった。
あの子は目を見開いて、頭上の手の動きに怯えていた。

まさか・・・おねえちゃん、かくれて君の頭をぶったりしている?
前の子の時と同じように・・・

………………

この世の中にはクソがいる。

他人の目がある場所では、これでもかと綺麗事をならべ、
いかに自分が『善意の人』であるかをアピールする。

そして、その人を知らない人は、あっさり信じてしまうのよ。
騙されてしまうのよ。

前の犬は飼い主が留守の時、散歩から帰って娘にリードを手渡すと
それまでピンと上がっていたシッポがストンと落ちてたれていた。

おねえちゃんと留守番をすると、てんかんの発作を頻繁におこした。

でもね、犬の具合が悪くなると、おねえちゃんは大騒ぎで病院につれていく。
大げさに心配し、かいがいしく世話をする(ふりをする)。
私たちギャラリーが見ているとき限定で。

息ができないように鼻をつかむ。
舌をつかまえて引っ張る。
嫌がっているのに、顔や耳に息を吹きかける。
炎天下、水も出さずに外に繋ぐ。
普段はそんな風にしか接していなかったくせに。

その時々に注意をすると、エヘヘェと悪気なさげにやめるのだけど
何年付き合っても、そのクソな行動は止まらなかった。

「この犬には裏表があって、お母さん達は気づかないだけ。」なんて言ってたけど
犬が自分の裏表に合わせているだけだとは気づいていなかったらしい。

前の犬は、彼女にとって、彼氏を釣る道具だった。

犬は正直。
嫌いなおねえちゃんより、イヤなことをしない彼氏に甘えて、言うことを聞く。
何も知らずに、彼氏は得意満面、喜んで舞い上がる。

………………

この前、飼い主が留守で娘夫婦の帰宅が遅くなるので、散歩とエサやりに行った。

ホォ~ン?
ペットシートって、吸水しきれなかったら、あふれるんだ。←新発見!
ビニール袋に入ったウンチが、何個もエサ入れの横に転がっていた。

犬は喜んで飛びついてくるけど、君のその足、なんだか湿ってないかい?
床に足跡いっぱいついてるよ。

エサの台には黒カビが生えていた。
ティッシュで拭いたら、かたまりになってこそげ取れた。

ぬるぬるの水入れを洗って、新しい水を汲む。
エサを出すと、新聞紙をとりに自宅にとんぼ返りした。

ペットシートを持ち上げると、猛烈なアンモニア臭で吐きそうになった。
前にも同じことがあったよね? よみがえるデジャブ。
どれだけ放置していたんだ。

老犬をいたわるなら、食事だけじゃなく、衛生的な環境も必要だよね。
てか、これで世話をしていると言えるのかね?

で、そのおねえちゃんが、自分の犬を飼いたいんだとよ。

「今は、ちゃんと面倒みてるもん。」て、『面倒』の意味わかってるのかよ。

残念ながら、私はあなたのケナゲ風味で平気で嘘をつく顔と、
クソな裏の顔を知っている。

親も夫も気づいていないなら、私はそれを指摘しないけどね。

それでも、私は優しく諫めてあげたわ。
「おねえちゃん。
 あの程度で面倒みてるというなら、犬を飼うのはやめなさい。」

犬を飼うの同義語は、犬を虐待するではないはずだ。
意のままに動かぬからと、影で苦痛を味合わせてよいわけもない。


前の犬が死んだとき、
私が、一緒に連れて行ってと頼んだのに、母親は長期で家を留守にした。
私は、親の目を盗んで、家に上がり込む男が嫌いで犬に会いに行かなかった。
おねえちゃんは、男とうまくいってなくて、苛立ちを犬にぶつけていた。
犬は孤立無援だった。

真冬の日、帰って来た飼い主にシャンプーをしてもらいながら、
「キャン」と一鳴きして、エルは息絶えた。

張りつめていた緊張の糸が切れると同時に、命の糸も切れてしまったらしい。
老犬エルの心臓はストレスに耐えきることができなかった。

ああ、私たち負の連鎖で、あの子を殺しちゃったんだな。と、思ったのは私だけ。

お姉ちゃんは、「そう言うの苦手だから。」と死体のそばに寄るのを拒絶した。
それがさぁ、近所の知り合いがやって来て、彼氏も来たらそばに貼り付いて、
しおらしく「エル・・・」とか言って、泣きながら死体をなでてやがんの(笑
どの口が言っとるんじゃ!
あんたの心はどんなふうにできてんだい?
ギャラリーがいないと、死を悼むこともしないのかい?

とんだ役者だわ。サイコパスかしら。

そんな人が犬を飼いたいんだってよお。

私が犬なら、「助けて下さい。死なせて下さい。」と、保健所に駆け込んでしまうわ。


それでも、野良でいるより、おもちゃのように飼われる方が幸せなのだろうか?
私には分からないのだよ・・・



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サン太の話

ある猫ブログを読んでいるのだが、その人の野良猫に対する姿勢に頭が下がる。
この子でもあの子でもなく、ひたすらに猫を愛して止まない人。

私などは、タヌコ に 愛情を感じたわけで、猫全体に愛情を持っているのではない。
なのでその人に羨望の眼差しを向けつつ、意地悪な考えも頭に浮かんだりする。
全ての猫を『愛して止まない』は『愛して病む』に通じるのかも…と。

疑うことなく『病み続けられる』なら、それはそれで結構なこと。
覚悟の上で『病む』のなら、それは尊敬に値することだと思います。

……………

十年くらい前だったろうか、その猫たちは突然姿を現した。
シャム系の家族?総勢5~6匹。

母ちゃんと父ちゃん。
ほとんど大人になっている長男と次男と三男、たまに四男?な感じ。
多分、一家族まるっと、捨ててったロクデナシがいたんだろうね。

会社にいたおじさんは猫が大好きで、以前から野良ネコにエサをやり続けていた。
なので、当然そのシャム一家も会社周辺に居を構えた?

おじさんは餌をやり、しょっぱい竹輪をやり、与えてはいけないチーズをやる。
「動物好きで猫に好かれるオレ。いい人!」を目指していたのでしょうか。
純粋に猫が好きなようには見えなくて、残念な空気をまとっておりました。

猫のエサってくさいのよ。
夏になったら悪臭に近いし、蝿もたかる。
カラスだって喜んでやって来る。

ご近所めいわくなんぞ、何のその…
「いい加減でやめときなよ」なんて言っても、聞く耳持たず。
優しい自分に酔いしれておられたわ。
仕事が終わったらほったらかしで帰ってしまうくせに。

…………

最初に死んだのは、母ちゃん猫。交通事故でした。
やがて四男が来なくなり、次男も事故にあってこの世を去り
父ちゃんも姿を見せなくなり、長男はパン屋の近くに引っ越したらしい。
雄猫たちは冒険家だから新天地を求めて旅だったのでしょう。

ほんの一夏のこと。

翌年、生きていたのは長男と、会社の近くに住みついた三男のサン太だけとなっていた。

まあ、猫たちのことは裏玄関の話で、表玄関を利用する私には関わりないこと。
ご近所とトラブらなければ、放置でいいと思っていた。

そして、翌年の夏。
会社をでたら猫が鳴きながら寄ってきた。サン太だった。
汚れて痩せた体。ゴワゴワでヨレヨレのヒゲ。よだれでカピカピの口元。
お腹が空いているのかニャーニャーと鳴き続ける姿が可哀相で
犬用に持ち歩いていたチーズ(動物用です)を指先で潰して地べたに置いてやった。
ムシャムシャと食べ、少ししたら吐いた。

おじさんはサン太が病気なのを知っていた。
「エサを食べてもほとんど吐いちゃうんだよねー」って言いながら
でも、シャム猫特有の用心深さがはんぱなくて、
捕まえられないから仕方がないと放置していた。

秋が過ぎて、冬の始まりに近づいた頃、おじさんがようやくサン太を捕まえた。
水を飲むのもやっと。明らかに衰弱しきって手遅れの状態だった。
病院は症状を伝えただけで、診察さえ拒否。←仕方ないけど

おじさんが責任を持つということで、サン太は裏玄関で飼われることになった。
といっても、すでに立ち上がることさえままならない状態。
保護と言うより、飼うというより、看取りといった感じでしょうか。
私は関知せず。

それでも何日か目の夕方、様子を見に行くと冷たいコンクリートにタオルが1枚。
湯たんぽ代わりのペットボトル2本に挟まれてサン太は眠っていました。

なんかね、衝撃的だったわ。
冬間近の北国のコンクリートの冷たさや、シャッターからのすきま風。
あっという間に冷めてしまうペットボトルの水の冷たさを想像してごらんなさいませ。
おじさんの愛って、どっち向いてんだか分からない。
サン太はもう寝返りも打てないというのに。
冷たいコンクリートの上、冷水に挟まれて夜を過ごしていたなんて…

あまりにも可哀相すぎて、段ボールを何枚か重ねて、古いセーターを敷いて、
タオルで周りを囲ってやりましたよ。
生きられないのは分かっていても、生きてる間は、せめて少しだけでも快適に…

それから間もなく、呼吸をするだけになってしまったサン太を
おじさんは工場に入れてやりました。
寒くないようにって、乾いた温風がガンガンあたる場所に。
おじさんの優しさに何も言えなかったけど、
私は残酷なことするなって思ったわ。

夕方、終業間近、サン太を見に行ったら、段ボールの箱の中で
四肢を突っ張って痙攣していたわ。
でも、箱が小さくて足を伸ばすことすらできない。
窮屈な箱の中で、もがくように痙攣するサン太。

見てられなくて、箱をこわすようにお願いしたわ。

そしたら、大きく息を吐いて、動きがとまった。
終わったのか?と思ったら
おじさんが、「サン太!」と言って、体を揺すった。
と、呼吸を再開するサン太。

5分もせずに、また痙攣が始まり荒く大きく息を吐くサン太。
おじさんが手を伸ばそうとしたとき、私はそれを止めたわ。
「いかせてあげなさい。」って。

サン太はそれっきり呼吸をしなかった。

ねえ、私って冷たかったかしら?
おじさんは、優しかったのかしら?

おじさんは泣いていたわ。

優しさってなんなのかしら。

……………

その猫ブログの主は、私には信じられない程、猫に愛情をそそぎ、
保護し、治療費を支払って野良ネコを飼っている。

その人のブログの中に、こんな言葉があった。
「動物愛護は 助けるか 見殺すか それしかない」


そうね。私には見殺すことしかないってことなんだわ。



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