お月様にあいたくて

闇夜の砂漠で月を待つ。 それが日常。 たまには、こっそりひっそり毒でも吐こうか。

日々の思い

こぼれ種

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去年、会社の花壇に芽吹いたキバナコスモス。
そこかしこの街路樹の根元にも、たくさんの花を咲かせた。

小鳥たちが運んだというには、その数が多くて
だからといって、誰かが種をまいて歩いたとは思えない。
前の年にはなかった花が、一気に咲き誇るミステリー。

ヨモギと間違えたり、社長に引っこ抜かれて植え直されたり
だれかに引っこ抜かれて干からびたり。
それでも盛大に咲き誇ったり。
最期には、根元からスパーンと切られて盗まれてしまったり。
なかなかに波瀾万丈な物語を楽しませてくれた。

今年はもう、会社の花壇ともお別れなので・・・
と、感傷にひたってみる。←いや、そんなことはないのだけど。

実は去年、玄関に生けた花が実をつけたので少しだけ種をとってある。
今年は我が家の花壇にでも植えてみよう。

はて、根のない花が水だけ命をつないで、どうにかつけた種。
もしかして、栄養失調になってはいないだろうか?
大切に管理してはいたけど、はたして芽を出すのだろうか?

………………

で?アレレ?
あの種、事務所の引越の時、どこかにしまったような・・・

ああ、明日は荷物を引っかき回して捜索だな・・・

もしみつからなくても、きっと今年も街路樹の根元に芽吹くはず。
花壇を管理している町内会のおばちゃんに
引っこ抜かれる前にそっと回収したらいい。←ドロボー?

こぼれた種は、また芽吹いて花を咲かせる。
種って、花の生まれ変わり?
鳥に運ばれ、風に飛ばされ、行った先で根を下ろす。
命って、そうやって続いていくんだね・・・

などと思いを巡らせると、生命をつなぐ壮大な妄想へと発展しそうだが
私には子どもがいないことに気がついて、アチャーッとなる。

私は、こぼれ種さえつけられぬ、『おちこぼれ』じゃないか!
てか、それ以前に花さえも咲いてない。(゚∀゚)アヒャヒャ

………………

で、さくらと一郎《昭和枯れススキ》をググってみたけど
えっ。こんな歌だったの!とビックリ。
わたしゃ、こんな悲惨な気分じゃありません。
誤解しないでね。と、先に言っておくわ(笑



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進歩無し

これを書いたのは去年の11月。

…………………

眠い。
職場での緊張を引きずって、眠ることに苦戦している。
眠剤飲んでも、3時過ぎまで眠れないってつらいわ。

ようやく寝たと思ったらすぐに朝になる。
情け容赦ない目覚ましの音に苛ついて、シュピーンと手を伸ばしたら
ガシャっといやな音がした。

飛び散った電池カバーと電池。
カチャリとはめてはみたものの・・・
嗚呼! 目覚まし時計は、天に召されてしまいました。南無・・・

昔から空腹と寝不足にはからきし弱い。

それでも最近は以前より睡眠不足に耐えられるようになってきた。
と、思っていたけど、どうやらそうでもないようだ。

朝っぱらから制御不能の不機嫌が訪れて
吐き出す言葉が手裏剣のように鋭くて、自分自身にビビってしまったわ。
そんな風に言われたら、気の弱い私なら泣いちゃうわ。
グサッグサッ。ウゥ~。パタリッ。ヒクッヒク。

こんな時は自己申告するにかぎる。
「ごめんね。今日はなんだか、機嫌悪いみたい。」
まあ、落石注意の道路標識みたいな感じのものです。
だからどうしろと?って程度のあまり意味のないものですが。

でもこの言葉は、私の不機嫌を多少は和らげてくれる。
他人にというより、自分に注意しろって言い聞かせているわけですね。

その不機嫌の先をたどれば、それは単なる寝不足で
それは乳幼児の欲求と変わらない低レベルの不機嫌で
「赤ん坊のころからお前はそうだった。」と家族に言われて
とてもこっぱずかしい思い出話などをされたりするわけだ。

眠る時間はいっぱいあるのに、ウダウダしているから寝不足になるだけのこと。

自分に甘いというか、甘ったれているというか・・・
いい大人が。ってか・・・大人の後半が・・・

この浸かりなれたぬるま湯から上がってしまったら、私、どうなるんだろう。
水から上がったカッパみたいなものか?

まあ、やってみなけりゃ分からないのだが、
かなり不安な気分だわ。

…………………

いまも変わりなく、不安は不安のまま時間が過ぎていく。
まったく進歩してないわ。

できれば、進歩せずにすめばいいのに、ってのが本音。



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60年生きてみて

それなりのことを考える年齢になった。
子どものいない私が、周りの人に迷惑をかけずに終わりを迎えるには…

色々と考えてみても、良い考えは浮かばない。
例え子どもがいたとしても、迷惑をかけて良いわけなんてないしね。
葬式代と一緒に借金残してもしゃーないわ。
と、居直るしかないわ。

せいぜい、迷惑をかけずに今を生きることくらいしかできないから。
うん。気力、体力ある限り頑張る以外、道はないのよ。

真面目に生き続けて、進退窮まったら、裸で毛布にくるまって
役所の前で行き倒れる。
真っ当な人生送って、行き倒れなくちゃいけなくなったら、それでいいんじゃね?

「お役人サマァ~、もう許しておくなはれェ~、あとは(^∧^)、オ、ネ、ガ、イ。

………………

私は、前世も来世も信じない。

前世がどうこう言う人がいるけど、そんなものあろうはずがない。
幸も不幸も怨みの気持ちも、生まれ落ちて成長する中で生まれたもの。
お会いしたこともない前世の私に手出しはさせない。

もし前世があったとしても、記憶にないないものなど、存在しないのと同じ。
絶対にバレない嘘と同じだと思う。
それはもう、嘘ではなく真実として存在する。

在るのは、真実としての今。
ここに生きている私が、私の人生の全て。

………………

人生の幸運や不運を語るには、私たちの命は短すぎるんだって。
ものすごーく長生きできたならば、幸運も不運も同じくらい訪れるんだって。

で、私の60年を振り返ると、幸運なんて縁遠かったなと思う。

でもさあ、だからといって不幸ではなかったとキッパリ言える。

そんな風に思える60年て、けっこう幸運だったのかも知れないね。

今の私って、幸せなんだな。ヾ(=^▽^=)ノ

………………

そりゃー、思い出す努力をしたら、色々と浮かんでは来る。
あんなこと、こんなこと。

山のてっぺんに駆け上がって『バカヤロー』と叫びたいこともあった。

『ブッコロシタル』と、完全犯罪を思い描いたこともある。

ただねえ、今では時が経ちすぎて、原因すらボンヤリしてる。

原因が分からなくちゃねぇ。
おかげで、感情が昂ぶることもなくなって、攻撃性が薄れたみたい。
受け入れたと言うよりも、たらぁりたらぁりとなんだか溶けてく感じ。

こんな心境になれるって、多分幸せなんだよなぁ~
長生きはしてみるもんだわ。

そうだよ。10年経ったら、笑い話。

あと何回か笑い話をくり返したら、良いおしまいを迎えられるわ。

ああ・・・マッチ売りの少女のように安らかな笑みを浮かべて
一人でその時を迎えられたら最高に幸せだな。



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運ではなくてセンスかも

12月に会社を辞めて、同業の会社に転職した営業さん。
運の悪い人だと思っていた。

………………

その会社の社長は営業さんとは旧知の間柄で、
ある程度信頼のおける人だと思って、我が社も取引をはじめたのだが
仕事上のやりとりで、「こりゃあかん」と縁を切ったのは、
営業さんがそこに転職する以前のことだった。

まあ、最初に来社したときの服装がなっていなかった。
どこをどう勘違いしているのか理解できないほどひどかった。

イマドキの起業家を気取っていたのかも知れないが、
30代とかの兄ちゃんならいざ知らず、そのラフなスタイルは
アラフィフの小太りのおっさんがするには、あまりにも痛かった。

ラフなんてもんじゃなく、普段着に毛が生えたような?
ホリエモンは時代の寵児だったけどねぇ~
って感じと言えば分かりやすいかも知れない。

見栄なのか、ハッタリなのか、はたまた彼のセンスなのか?
こ汚くしか見えないし、似合ってねぇし・・・何より失礼だわ。
なめとんのかわれーって感じでしたわ。

第一印象は、こいつアホなんじゃね?だったけど
本当にアホだったので、お取引の話しは空中分解とあいなった。

そういう人だと分かっていながら、営業さんはその会社へと転職していった。
そして、苦労しているらしい。

我が社が廃業するのは1年前から決まっていたので、
営業さんは担当の取引先を連れて転職したのだけど
挨拶回りで、あの服装の経営者をみた得意先はどん引きしたらしい。

というか、取引先の話しによると
営業トークも調子のいいホラ話にしにしか聞こえなくて失笑ものだったとか。


あれから4ヶ月。
営業さんは得意先から見放されそうになって慌てている。

あのアホのホラ話し、あの時に見抜けませなんだか?
『あんさん、それは最初から分かっていたことと、ちゃいまっか?』

あの人は、あなたが以前勤めてひどい目に合わされた
あの社長と同じタイプの人ではないか。


今ならまだ受け入れ先もあるのだから、
得意先を失う前に、とにかくそれを連れて逃げろと助言中なのだが・・・

・・・・・・・・

彼曰く、独立開業したい。

場所は?
人材は?
仕入れ先は?
自己資金ゼロで公的融資を受けるつもりって…

事業計画書をこれから作るって、どんだけ先の話をしてるの?
得意先がいつまでも待ってくれると思っているの?

こいつ現実を全然わかっちゃいない。

・・・・・・・・

運の悪い人だと思っていたが、
営業さんには運をつかむセンスがない人なんだと思った。

運をつかむセンスのない人。
これはもう、あかんヤツだとしか思えない。



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いつまでレシピ?

一人暮らしが長くなりすぎて、まともな料理を作らなくなって久しい。
安売りのカップラーメンを見つけたら、ラッキーって感じで買い物かごに入れてしまう。
95円の大盛カップ麺に飛びつく還暦女~~~いと憐れなり。

まあね、だれも見ていないとはいえ、そのまま食べるのは気が引けるので
ネギを刻んで入れたりすることもある。
冷凍ほうれん草を放り込むこともある。
さすがにそれを一手間と言ったりはしないけど、
「だけ」よりはちょっと「まし」という自己満足。

一人暮らしをはじめたころは、毎食作ってたはずなのに
今となっては何を作っていたのかさえ思い出せない。

給料は上がらないのに、物価は上がって、食材買うのも厳しくなったせいもある。
とは、不精者の言い訳です。


この前、知り合いと食べ物の話しをしていて、
「歳を取ると昔食べていたものが無性に恋しくなるよね。」
なんて話になった。

私は、母が作ってくれた五目寿司の味が忘れられない。

大人になって、それなりに美味しいと言われるものを食べる機会はあったけど
なんか違うのよ。
他人様が美味しいと言うほどには、美味しくない。←キッパリ

多分、それって、結構なお金が必要で、対価としての美味しさなのだと思う。

まったくもって単純に表現するなら、お金の味だと思ってしまう。
お金の有難味というお味?
あくせく働いて手に入れた、漱石さんや一葉さんや諭吉さんのお味ね。
美味しいと思わなくちゃいけない気分にさせられるマジック。


料理嫌いの友達は、
「主人の同僚をもてなしたとき、すんごく褒められたの。
 こんな美味しい家庭料理を食べたことがない。って。」
からの
「そりゃそうなのよ。
 材料から手順から、完璧にレシピ通りに作ったんだから(笑
 お金と手間を考えたら、あんなの、二度と作れないわ。」

フム。レシピ通りとな?
それはとても贅沢な感じで、納得できる話しだわ。


別の人のご主人が
「昔、奥さんが作ってくれた酢豚が美味しくてさぁ、また食べたいんだけど
 レシピをなくしちゃったから、もう作れないんだってさ。残念。」
という話しを聞いて、ちょっとした衝撃を受けた。

普段着の料理ににレシピって必要なの?


いつまでもレシピを見ながら料理を作るってえのはどうよ?
と、意地悪く思いつつ
レシピの材料を揃えられる経済力(?)がうらやましくて仕方がない私なのです。

カップ麺1個95円。豚肉買ったらオシマイだわね。
レシピ通りなんて、夢のようなお話しだわ(笑


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