その写真を見て頭に浮かんだのは母だった。
肉のない、細くて華奢な母の腕。

私はあの細い腕に抱かれて大人になった。

そして父は?
父は偏屈だった。
にっちもさっちもいかない偏屈だった。
なのに、私は父が嫌いではない。
親子の情ってやつかしら。というより、父は憎めない人だった。

………………

母が笑う。
「父さんたら、何でも半分どうだ?」って聞くのだと。
お饅頭でも、果物でも、食べきれない訳じゃないのに
「(おいしいから)半分どうだ?」と。

それと時々母のことを褒めちぎる。
手先が器用だとか、料理が上手だとか。
自分にはもったいない嫁だとか。
本気でこれでもかってくらい母のことを褒めちぎる。
「ふが悪い」と母は言っていますが…まんざらでもなさげ。
( ↑ 多分、気恥ずかしいという意味の何処かの方言です。)

……………

若かりし頃は、ぶちのめしてやりたいくらい憎たらしい人だったのに
今、父との思い出のナンバーワンはフウワリと掛けられた上着の暖かさだ。

あれは10歳ぐらいの夏だったろうか
お気に入りのノースリーブのワンピースで出かけた先は
うすら寒い体育館で、私は式典のあいだ小さく震えていた。

子どもにとって式典なんてものは、生き地獄以外の何物でもなく
つまらないじい様達の長話と季節はずれの寒さの中でこのまま死ぬんじゃね?
ってくらい辛いものだった。

その上、偏屈な父が側にいるって緊張感で身も心も最悪。

だがその時、肩がフワリと暖かくなった。
父が上着を掛けてくれたのだ。
振り向くと父がバツが悪そうな笑顔を私に向けていた。

父とて同じく寒かったろうに。

……………

父との思い出のナンバーワンはベストワンで、オンリーワン。
これ以外には幸せを感じる父との思い出などないのに
それでも私はあれこそが、愛すべき私の父なのだと思っている。

幸福感は温かい。

……………

その細い腕の写真を見て思った。

母の父への思いは複雑で、その本心は分からない。
それでも、「父さんたらねぇ~」と笑顔で話せるのは
たまには父の言葉にぬくもりを感じていたからなのだろう。

温かな心を感じられたら一瞬でも幸せだ。
ある種の呪いのように、幸福感は温かい。



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