そのころ私は一人暮らしをはじめていました。
用がなければ実家へ帰らないのは今と同じ。
だからサンダーバード事件のことは知りませんでした。

季節が変わってしばらくしたら、ばあちゃんは再び入院をしました。

「ばあちゃんがこちるに会いたがっている。見舞いに行きなさい。」
実家からの命令でしぶしぶ見舞いに行きました。
お見舞いに柿を買っていったので、季節は秋だったのかも知れません。

病院のベッドの端っこに祖母と並んで座り、どんな話しをしたのやら。

と、祖母が話し始めました。
「車に轢かれて身体がバラバラになってしまった。
 それを病院の先生がくっつけてくれた。」

ブラックジャックのピノコかいな?なんともファンタジーなお話し。

そして私は脳天気。
「ふーん。」としか思いませんでした。

祖母は話しを続けます。
「背中の肉は洗面器いっぱいあった。それを先生が丁寧に貼り付けてくれた。
 ひどい傷が残っているから、見たら分かる。」
シャツの裾をめくって、私に背を向けるばあちゃん。

どれどれと見てみたら、背中には湿布を剥がしたあとの白い筋がいっぱい。
でも皮膚はかぶれもなく綺麗だった。
「うん。キレイだよ。湿布の跡だけ、傷もないみたい。
 ばあちゃん、綺麗な肌してるねぇ。」

でも、湿布を貼っていたのだから、どこかが痛いのだろう。
「痛かったの?今も痛いの?」

「いや、今はそんなに痛くない。そうか、治ったか・・・」
と、とても嬉しそうにしていました。


実家に帰って見舞いの報告をしたとき初めてサンダーバード事件の話しを聞かされました。
えっ! えっ! えぇ~~っ!となりました。


でも、私の見舞いの後、ばあちゃんは「殺されそうになった」話しをしなくなったそうです。

みんなね、ばあちゃんがその話をすると「そんなことはなかった!」とか
「バカなことを言うんじゃない!」と叱っていたらしいのです。
完全否定をされて、ばあちゃんは納得できずにかたくなになってしまったのね。

私だけが否定もせず、傷口(無いんだけどw)を見て
完治していると話してくれた。痛くないの?と気遣ってくれた。
それで心底満足したらしいのよね。

祖母と私のピンぼけな会話は、見事な着地を果たしたってこと?

歳を取ってボケてしまっても、話しは聞いて欲しいし、理解して欲しかったのでしょうね。
転んだときに背中を強く打って本当に痛い思いをしたのでしょう。

介護されるようになったら、人はとても孤独になるのかも知れません。
意のままに動けなくなった上に、わずかな会話で、否定と叱責ばかりされ続けて辛かったのでしょう。

というのは、後付けの解説。

私は「フゥ~ン」と脳天気に祖母と話しをしただけという話しなのです。




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