お月様にあいたくて

闇夜の砂漠で月を待つ。 それが日常。 たまには、こっそりひっそり毒でも吐こうか。

「ごとき」ではない『プライド』です!

周りにだれもいないのをいいことに、別部署でちょいと立ち話。

年上のお姉さまと世間話のつもりだったのだが…

「私が死んでも、絶対に来て欲しくない人がいる!」
って、話しが穏やかじゃない方向へ。

え?私のこと?と、一瞬ひるんだがどうやら違うらしい。

ほんの些細なことで、人は傷つくし恨みを忘れないんだよね。

……………

昼休みの休憩室を使うのは、お姉さまともう1名のお兄様だった。

あ。先に言っとく。色気のある話しではないw

女ってえのはおやつが好きだ。
お姉さまもご多分に漏れずだった。
昼休みに自分だけがお菓子を食べるのは気が引けて
お兄様にもおすすめしていたらしい。

お兄様からお返しがあるわけではないけど
自分が気兼ねなく食べるためだから、特に不満もなかった。

  ま、私的には普通のことだと思う。
  私もおやつ食べたさに、駄菓子ばらまいてるものw
  見返りなんて期待してたら、おやつが不味くなるだけだもんねw

そんな風に何年も経ったある日、新人さんが休憩室に参入。
事件は起こった!(のか?)

お兄様がせんべいを買ってきたのだ!
その袋をバリっと開いて、新人さんにおすすめした。
のは、別によい。
が、お姉さまをスルーした。

何も言わずパリポリとせんべいをかじる二人。
身の置き所のないお姉さま・・・

次の日も、その次の日も、お兄様は新人さんにせんべいを差し出し
新人さんは無言でせんべいを食べ、お姉さまを華麗にスルー。

お姉さまいわく、
「せんべいが食べたいわけじゃない。
 だけど、さんざん人のおやつを食べてきたくせに
 なんで3人しかいないところで、私にはすすめない!
 見えないところでなら分かるけど、何故、私の目の前で…
 自分がみじめで腹が立った。」

で、あるときお兄様に文句をいったそうな。
と、お兄様は「せんべいごときで。」と返してきたそうな。

フゥーッ。。。
「ごとき」って、それ言っちゃあかんやろ。

気持ちの問題なのだと、ナゼに気づかぬ!
「ごとき」なことだから「こそ」、みじめな思いをさせたのではないのか!

その心ない一言で、お姉さまのプライドはは深く傷ついてしまった。

「スーパーでそのせんべいをみると、 休憩室での光景がフラッシュバックする。」
話している途中から、お姉さまの指先は怒りでプルプル震えはじめた。
「私、それまで誰にも、あんなことされたことがないっ!」

なんだか、どうでもいいような、つまらない話しよね。
でも、どうでもいいことだからこそ、深く傷つくこともあるのよ。
小さくても笑い飛ばせない恨みは、私にもあるもの。


どう話しを納めたら良いものやら……

「葬式に来て欲しくないなら、頑張って、あの人達より長生きするのが一番よぉ!」

お姉さまは怒りながらも、最後に笑ってくれた。



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あの日のように

暖かな日差しに、春が近いと喜んだのもつかの間、またもや真冬日。
いつもの事ながら、北国の2月はまだ冬だった。(ーー;)
一喜一憂と落胆の繰り返し。繰り返し。
何十年生きても、懲りることなく繰り返し(^0^;)

……………………

昔、3・4歳だったころの冬、私は母に連れられ親戚の家に行った。

その記憶は突然始まる。

吹雪の中、私は母に手を引かれて歩いていた。
ホワイトアウト。
360度真っ白な世界で、私の視界にあるのは母の姿だけだった。

吹き付ける風の冷たさと、刺さるような雪が肌にいたくて、
かんでもぬぐっても鼻水は出放題、呼吸さえ苦しかった。

真っ白な風が体を襲うたび、母は私をオーバーの中にかくまってくれた。

「大丈夫か?」そう言って、母が顔に巻いてくれたタオルのおかげで
私は空気を吸うことができた。


長靴の中に雪が入り、溶けて足はかじかむ。
泣きたい。立ち止まって、母に甘えて泣きたい。
いつもだったらとっくに泣いているのに、その時は何故か泣かなかった。

再び「大丈夫か?」そう言って、長靴の雪を払ってくれ
足が濡れているのに気づくと、、、、
母は手袋を脱いで、私の足に履かせてくれた。

母の履かせてくれた手袋は、ものすごく暖かかった。

そこで記憶は飛ぶ。

親戚の家に着くころ吹雪は止み、空は上機嫌に晴れていた。

鼻水まみれのタオルに呆れながらも、
母は、私が泣かなかったことを盛大に褒めてくれた。

……………

で、話しは飛ぶ。

私は大人になり、歳を取り小柄な母はいっそう小さくなっていた。

母とそんな昔話をしながら歩いていて
私が「よくもまあ、捨てずに連れて歩いてくれたもんだ。」と言うと
母は笑って「殺すわけにはいかなかったわ。」
だと。(゚∀゚)アヒャヒャ


「母さん、歩くって不思議だよね。
 1歩あるくと、その分前に進むんだよ。
 あんな遠いところにも、いつかたどり着くんだよね。
 当たり前だけど、不思議だよね。」

「お前はおかしなことを言う。」
そう言って母は笑った。


あの吹雪の日、私の手を引く母は、大きくたくましかった。
幼い私の1歩に合わせて、母は我慢強く歩いてくれた。
今、母と歩くとき、私は母の歩みに合わせる。
あせらずに、ゆるやかに。

はたして今、自分が人生のどのあたりにいるのか、私は知らない。
若い頃のように、颯爽と大股で歩くのは危険だし、もう体が機敏には動かない。

目的地は未知なる世界?
ゆるゆると一歩ずつ、歩いて行きましょうか。
あの日のように。


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泣く理由…

日が長くなって日差しが強くなった。

雪で覆われた北国にも、遠くから春は微笑みを投げかける。

それでもヌコは姿を見せない。

「まだヌコが来ないんですよ。。。」そう言ったら
「じゃあ、春になるまで来ないのかもね。」そう言われて。。。

そっかぁ~春になれば…と、思った。

ヌコへの思いはその日の気分で、行ったり来たり。
まあ、春までゆっくり待ちましょうか。

………………

昨日読んだそのブログが、なんとも切なくて、胸が少し重たくなった。


そう。。。私は巨乳、彼女は貧乳?
ああ、お会いしたことはないので、つまらない想像ですが・・・

とかって、冗談はさておき、そのブログ主の気持ちに私の心が共鳴した。

できるだけのことはしたつもり。
でも、何かが足りなかったのかも知れない。
まだ、できることはあったのかも知れない。

今更。。。


十数年前、突然エルがこの世から消えて、それを受け入れるのにたくさんの時間を使った。

ある日、歩いている道の途中、突然よみがえった記憶。
この道を左に曲がれば…
『ああ、この道はエルとの散歩コースだった。』

あの時エルは、歩道に座り込んで私を見上げた。
「おばさん、痛くて歩けないの。お願い。だっこ。」
「腰が痛いの? アンヨが痛いの? ダイジョウブ? 大丈夫!」
私は11㎏のエルを抱いて歩いた。

そんなことのあった散歩道を、私は記憶から消していた…

思い出と一緒に訪れる、悲しみや後悔。

この思いは、後出しジャンケンで負けた気分と似ている。

結果を覆すことはできないのに、その結果に納得がいかない。
後味の悪い悔しさ。

私は今もここにいて、呼吸をしてるというのに・・・

季節が巡るたび、私はエルに語りかけていた。
「エル、春が来たよ。夏が来たよ。秋が来たよ。冬が来たよ・・・」

後悔は沢山してきた、でもね、私はエルにたくさんの思い出をもらった。
愛情や信頼を得るということ。それに応えるということ。

エルを思うと、今も、胸は重く苦しいのだけど、
暖かな気持ちも、そこには在るという事実。

エルに出会えて、私は幸せな時を過ごせたのだと思う。

『涙のストッパーを外して、さあ、泣きなはれ♪』
頑固者の私に、エルは泣くことをゆるしてくれる。

なので、エルにかこつけて、ついでに他の思いもごちゃ混ぜにして
私は時々、泣いてみたりするw

涙で心の砂おろし。

ん? エルはコンニャクじゃないけどね。(^-^*)



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アラカンの不安

実家からの電話は固定電話にしかかかってこない。

携帯電話は持っているが、発信するのは美容院の予約だけ。
受信はほぼなし・・・
友達でさえ固定電話にかけてくる。
だって、充電の時以外はバッグの中で眠っていて
着信音にはめったに気づかない状態だから。

携帯してても、電話の役目を果たしているとは言えないのだが
もしもの時には必需品だよなぁ~と、保険がわりに持ち歩いている。
お金と文明の利器の無駄遣いw

そんな状態なのに、最近スマホが気になる。
持っても使わないのは分かっているのに気になる。
気になって仕方がない。

アラカン~♪などと、のんきに構えていたら、定年は間近に迫っていて
社会との繋がりがどんどん細くなっていくのだと思うと
「私、このまま時代に置いて行かれるの?」という不安が頭をもたげてきた。

70を過ぎた友達でさえ、スマホを使っているのに…

ネットのプロバイダー画面には格安スマホがいつも出ていて
SIMがどうとか、プランがなんとか~

フゥ、、、SIMってナニヨ? と調べて、フムッ 少し納得w
GBってナニヨ? 通信制限てナニヨ? で、フムッ。

分かったようなぁ、分からないようなぁ・・・(~_~;)

ここは、最近ガラケーからスマホに換えた社長に聞くのが一番。
私「スマホ、何ギガですか?」
社長「何それ、知らない。」だと。。。(O_O)

「ネット見ないし、ラインしないし、アプリ入れないし、写真も撮らない。」
だそうです。。。宝の持ち腐れだわ。

そういう私は、携帯を持ってるだけ。(゚∀゚)アヒャヒャ

ということで、ネットで調べまくり。
どうやら音声通話なしなら、数百円で済むらしいこと行き着いた。

これならイケル!
と、思ったのもつかの間、機械がなければSIMは使えない・・・

安いスマホを検索しながら、それぞれの違いがさっぱり分からず
途方にくれる私なのです。

もうすでに時代に取り残されてる?


※おまけ
社長「ギガってナニ?」
私「ギガバイトってことらしいですよ。」
社長「アルバイト? ギガバイト? ミリバール?w」
私「・・・・ヘクトパスカルが出てきたらお終いですねぇ~w」

老人とアラカンの、時代後れでのどかな会話でした。
チャンチャン。




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先を越されたw

数日前、愛読ブログ(愛のあるブログです)の記事を読んで、ちょっと考え込んでしまった。

その考えをまとめて、記事にしようと思っていたら、先を越されたw

リンクのし合いっこみたいで恐縮ですが、その記事はこちら

………タイトルから離れます………

ヌコが来なくなって、寒の入りになって、大寒が過ぎて、明日は立春。
それなのに今日の最高気温は-7℃。
風と一緒に雪は降り、希望はどんどんしぼんでしまって・・・

そんな時、ヌコとは無関係なそのブログを読んで「ああ・・・」となった。


この北国で、TNRをするのは残酷なこと。
(あくまでも、こちらの地方でのこととしてです。)

野良ネコの寿命が2~3年といわれる厳しい自然環境の中で
TNRをする意味ってあるのかしら?

不幸な猫を増やさないと謳いながら、TNRをされた猫は不幸ではないのかしら?

またNPOへの怨み言になるのだけど←自分でもしつこいと思ってます。
保健所での殺処分以上に残酷なことをしている気がする。

ヌコのTNRをした後、NPOの代表は「エサをやってはダメ」だと言った。
この時点で、TNRの意味(意義)は破綻していたのよね。
「繁殖しないから、地域猫として温かく見守る」ではなく
ヌコが飢え死にしても構わないってことだもの。


臆病なヌコのことだから、ねぐらは安全などこかの隅っこだったと思う。
そのせいで、雪に閉ざされてしまったんじゃないかと思う。
後に来るのは、餓えと寒さ・・・だよね。

もし、そんな状態でヌコが命を落としてしまったら、
『ハイッ!寿命です!』と、私は思えない。

NPOとしては、繁殖せずに野良ネコが消えた。TNR成功。なのでしょうが・・・

TNRがこんなものなら、ヌコは保健所に行ったほうが良かったのではないだろうか?
TNRの実態を知ってから、ずっとずっと、そんなことを考えていた。

捕獲の恐怖を味わって、狭いケージで麻酔を打たれて前後不覚になるのと
保健所で死を迎えるのとどこが違うの?

私は、怯えて、飢えて、凍え死にさせるために、TNRをしたんじゃない。

ごめんね。ヌコさん。
あの時、TNRをするくらいだったら、あなたを保健所につれて行くべきだったんだよね。

 NPOは殺処分ゼロを目指しているそうだ。
 だから、TNRを推奨しているらしい。
 でも、温かな地方ならともかく、こちらの自然環境を鑑みれば
 繁殖できなくした猫の、のたれ死にを推奨してることと同じ。
 野良暮らしなら、2~3歳で勝手に死ぬから気にしないでぇ~ってか?
 
って、これを言っても『保護活動』という慈愛に満ちた言葉には太刀打ちできない。


でもね。ヌコは、まだ3歳。
なのに、私はヌコを2度も死なせてしまった。(かも知れない。)
という後悔ばかりしている。

ヌコのTNRをして間もなく、私が心に決めたこと。
TNRをするくらいなら、私は迷わず保健所に行く。
ひとつの命を(絶つ)死なせるならば、それは一度で充分だから。
残酷な状態で生かせることが保護ではないと思うから。



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