お月様にあいたくて

闇夜の砂漠で月を待つ。 それが日常。 たまには、こっそりひっそり毒でも吐こうか。

サンダーバード2号。。。出動!

当時は笑い話じゃなかったけど、今となっては、な、お話しですかね。
私の中では『サンダーバード事件』と呼んでおります。

まずは、サンダーバード2号の初出動の様子をご覧下さい。
タッタラタァーン タラタッタッタッタラッタッタタァーン♪♪


母方の祖母が亡くなったのは、私が20代の頃。

ちなみに、父方の祖母は「おばあちゃん」。母方の祖母は「ばあちゃん」と
呼び方を使い分けておりました。

とても気丈でしっかり者だったばあちゃんも、いつの間にかボケてしまいました。

といっても、母方の祖母とは年に数回しか会わないので、
ボケの経過がどうだったのか、私はよく知らないのですが…

ある年の冬、ばあちゃんは何かの病気で入院しました。
お嫁さんが付き添えない日は、娘である母達姉妹が交代で付き添いに行っていました。

母の姉妹は全部で4人。
母以外はとても個性的で、同じ親から生まれたとは思えないラインナップ。

4姉妹の中、ばあちゃんが一番信頼していたのが母でした。
他のオバ達は付き添いを頼まれても、一人ではイヤだと言っていつも母を呼びつけていました。

夜の病院て恐いもんねぇ~。
付き添う相手は、まだらボケの婆さんだしね。
ばあちゃんは、母の言うことは聞くのに、他の娘達の言うことにはイマイチだったしね。
その気持ちは分かるけど、付き添いに付き添いがいるってのもおかしな話しw

「自分の親の付き添いが、なんで恐いんだ?」
そう言いながら母はオバの付き添いに付き合っていました。


雪解けの頃、祖母は退院しました。
その退院に、嫁オバさんからのリクエストで付き添うことになった母。

病院の玄関で靴を履いているとき、祖母がスリッパのまま外に出て行こうとしている。
母「あ。靴を履かせなくちゃ!」
嫁オバ「別にいいよ。すぐ車に乗るから。」

(この嫁オバの判断が、後々嫁オバを地獄に落とす。)


車はセドリックだったかクラウンだったか、大きな乗用車だった。
そして、嫁オバがドアを開けた時、祖母の姿はなかった(゚Д゚≡゚д゚)エッ!?

踏み固められた雪は氷のようにツルツルで、病院のスリッパも底はツルツルで…
ばあちゃんは見事に車の下に滑り込んでしまっていた。

タッタラタ~~♪ もう、サンダーバード2号出動!って感じね。

嫁オバと母で車の下から祖母を引きずり出し、ようやく自宅に連れ帰ったそうです。

以上がサンダーバード事件?です。
ここまではちょっと笑えるんですがね、この後は笑えないことになりました。

年寄り相手に油断は禁物。

ただ、長くなるので今日はここまで。


にほんブログ村

なべを洗わずに寝る。

今日こそは早く寝ようと思いつつ、気がつけばこの時間。

健全な家庭を持っている人ならとっくに夢の世界で遊んでいるわ。

さあ、寝よう。
そう思ってキッチンに行ったら、リンゴが一つ。
アップルケーキを作るのに煮なくちゃいけない。
いつ買ったか忘れた賞味期限切れのシナモンを振りかけて保存容器に入れた。

そういえば、ヌコの茹でささみが切れていた。
お湯を沸かして薄皮を剥がしたものを弱火で15分しっかり火を通す。

もう眠りたい。でも、ささみが無くてはヌコさんもきっと落胆するだろうし
なにより、ささみを美味しそうに食べるヌコを見ているのが私は好きなんだ。

極たまーに「ミニャァ~」となくその声の愛らしいこと。
エサ皿を持つ私のてに、チョイチョイッと手を出してくるスキンシップの嬉しいこと。
チクチクする爪よりも、その黒くて小さな肉球の柔らかさがたまらない。

そんなヌコさんを落胆させないため、今夜はささみを茹でねばならぬのじゃぁ~~!

茹でたささみはなべごと水につけあら熱をとって冷蔵庫で保存。
ヌコがお腹を壊さないように細心の注意。

オバサン、こんなに頑張ってるのに、ヌコさんに心は届かない。
切ないわー。

などとささみを茹でていたら、なんとなーく食欲がわいてきた。
私もささみが食べとうございますぅ。
今回は少し多めの6本を茹で、明日のサラダにでもしましょうか。

ささみって、どうやって食べたら美味しいのか分からない。
今の私の認識では、ヌコのエサにしか思えないのだけど。

そうさなぁ、もう少しヌコと仲良くなれたら、テーブルを挟んでささみをつまみ合うなんてどうかしら?
ヌコにはおかか。私はごまドレッシングで、「お味はいかが?」とかっておしゃべりしながら食事をするの図w

さて、ささみも冷えたことだし、アホなことを書いていないでもう寝ることにしますわ。

気圧のせいか、身体が地球にめり込んでいくようなだるさを感じています。

まずは寝ること。それが一番大切。

お鍋は明日洗うことにします。
なべが汚れてても死んだりしない。
死んじゃったらそれはそれだしねぇ

だから、お休みなさい。


にほんブログ村

大アマゾン

ヌコのエサがなくなった。
いつも買っていたホームセンターは閉店してしまったので
前回はネットスーパーを使ったのだけど
今回は目的のロイヤルカナンだけが見あたらない。
品切れなのか?

もうこれはネットでお取り寄せしかないと検索をかけたらamazonにあったので、さっそくカートへ。

でも、途中で気が変わった。

確かに安くて貧乏人には有り難いんですけど。。。
気にくわない。

amazonの倉庫で働く人達って、安い給料で息つく間もなく働いているって本当?

ふとそんなことを思って検索をかけた。

フーッ

安いものを迅速にというのは有り難いのだけど、
それが安い給料で「人を」こき使うというこににつながっている。
我が身に置き換えて憂鬱な気分になった。

会社が巨額な収益を上げるとはこういうことなのね。

「そんな条件でも働かなきゃメシは食えないんだよ。」なんだけど・・・

なんかねぇ、間違ってる気がするのよ。

私の勤めている会社の給料も安くて、仕事も結構きついけど
いつも過酷なわけじゃない。

給料が安いのは、取引先が値上げを許してくれないからだけど
取引先も過当競争で青息吐息な訳。

適正価格ではその競争に勝てないのだけど、
この安給料はすでに負け組なんだろうって思うわw

それでも、暇ができたら、おしゃべりするし、お茶もおやつも居眠りだってOK。

ちょろちょろ流れる小川のような会社だけど、
倒れるほど働かなくても、生きていける程度の給料は出ている。

肥沃なアマゾン川の周囲には、木が育ち魚が泳いでいるというのに
amazonはそこで働く人達に恩恵を与えることなく、
一直線に儲けに向かって流れ下っている。


アホな取引先の、その向こうにいるアホな顧客にムッとした日
私は近所のペットショップを探し回ってロイヤルカナンを買いました。

時間もお金もないくせに、なに無駄なことやってんの?
多分、私が一番アホなのでしょうね。
( ゚∀゚)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \



にほんブログ村

体臭と嗅覚

私が家の前を通っただけで、私が来たと狂喜乱舞していたエル。

死んだエル(犬)が私に残してくれたのだろうか?
この嗅覚。

嗅ぎ分けの得意分野は体臭。って、何だかなぁなんですが…

会社に営業でやって来た銀行マン。
おお。見た目そこそこ。そして若い。

なのに、フーッ残念!
開け放した社長室のドアからあふれ出る体臭。

ああ。。。若いのに、ずいぶんお疲れな匂いがする。
ちゃんと眠っているのでしょうか。

ところで、お隣に座っている我が社の営業さんもかなりの体臭の持ち主。
多少の腋臭もあるのでしょうが、それより強く感じる不健康な匂い。
家庭生活うまくいってるの?

こちらは先日、その原因が分かりました。
お昼ご飯を食べていないんですよ。

「朝ご飯をしっかり食べたら、昼に食べなくても平気です。」だと。

なるほど。
このニオイ、どこかでかいだことがあると思ったら、
無理なダイエットをしている女性のニオイと似ていたんだ。

身体は栄養を求めているってことですね。

「昼飯ぐらい食いなさいよぉ。」とは言っても、
体臭がひどい、とは言いませんけどね。

それからもう一人、時々とてもウンチ臭い体臭の人がいる。
ずーっと不思議だったのだけど、きっと便秘なんだと気がついた。
こちらにも何も言いません。言えませんです。

生きていれば体臭がするのは当たり前。
汗臭さや加齢臭には割と鷹揚なのに、不健康な体臭に反応してしまう私の嗅覚。


実は私、亡くなった前の社長の体調をそのニオイから感じ取っていました。

出社してきて、いつもと違うニオイを感じるたびに
「体調悪くありませんか?」とお訪ねして、
「どうして分かる!」と、驚かれていました。

家族の方達に「どうして分かるの?」と聞かれても「体臭が。」としかお答えできませんでした。
で、家族の方が医者にその話をしたら「そんなことは無いでしょう。」と言われたとか。

でもね、私は本当に前社長の体臭で、その体調を感じ取っていたのです。

だから、前社長が入院する前日、「絶対に体調が悪いはずだから、気を付けて下さいね。」と声をかけたのですが、ご本人も気づいていなかったみたいで「はい。はい。」と笑いながら帰って行きました。

老人の肺炎は熱が出ない。熱を出す体力が無いんですね。
なので、本人も周囲も気づかぬうちに、症状が出ないまま重篤な状態になってしまう。

無意識に私の嗅覚はそれを感知していたらしい。
もうほとんど超能力の世界?

ただねぇ、クンクン意識してもそのニオイをかぎ分けられないんですよ。

コントロール不能で、なんとも無駄な能力(なのか?!)としかいえませんわ。



にほんブログ村

カイゴのゴカイ

私の理想。

歳を取ったら、贅沢なんか言わない。
飯が食えて、自分で買い物に行ける程度に健康であればいい。
そして、ある日、健康的にコロリと逝きたい。

これだけなんだけどねぇ。
これがなかなか贅沢な話しなんだよね。


父方の祖母は、ボケにボケまくった。

幼い頃、一緒の布団でお昼寝をしたり、
外から帰るとかじかんだ手を、その懐で温めてくれた祖母は、
いつの間にか、強烈なボケ老人となり、寝たきりとなり亡くなった。

今から50年近く前、電化製品などなかった時代。
公務員だったマザコンの叔父は「お姉さん。僕が看ますよ。」
そう言って見舞いにやって来た。

どうやら、母の介護を助けるというより、母の介護ではもの足りなかったらしい。

食事とおむつ交換と洗濯。
シカーシッ!
その過酷さに1週間の予定を2日で切り上げ逃げ帰ってしまった。

理想の介護は現実の前に打ち砕かれ、
兄嫁などに任せておけぬという、疑いと意気込みは崩れ去ったw

叔父が介護の大変さを身をもって経験してくれたおかげで、
我が家にお古とはいえ洗濯機をプレゼントしてくれたし、
以後、祖母の介護について口出しすることはなくなった。

「来なくても良いですよ。」と、丁寧にお断りしたのに
強引にやって来て自滅した叔父。

「そんな、簡単にできるわけないわ。」
一生懸命に祖母を介護していた母にとって
叔父の自滅は、大きな収穫だったのかも知れない。

何もしない身内からのアドバイスほど、苛立たしいものはない。
って、ことですね。

親子だから、歴史があるから、思い出があるから、愛情があるから。
それだけで介護なんかできないんですよね。

現実はそれまで大切にしてきた何かを打ち砕くことになる。

母が祖母に寛大だったのは、優しい性格なだけじゃなく、他人だったからだと思います。
父が受け入れられなかった祖母の症状を、俯瞰してみることができたから。
他人として受け入れることができたから。

愛が深ければ、悲しみも深いってことでしょう。

小さい頃、祖母の姿を見てきたおかげで、私は老人に期待をしません。
歴史や愛情を根拠に、お互いに見返りを求め合うのは虚しいことだと思っています。

とりあえずはその時々の現実を、
足掻きながら受け入れるしかないということですかね。



にほんブログ村
広告