お月様にあいたくて

闇夜の砂漠で月を待つ。 それが日常。 たまには、こっそりひっそり毒でも吐こうか。

チャレンジャー

職場で、ある人の結婚式のプロフィールを見ていました。
あらら~ん。新婦の旧姓がない不思議。

その話でちょっと盛り上がってしまいました。

新婦さん。○度目のご結婚で、現在の旧姓?が前のご主人のままみたい。
お子さんがいたので、その関係なんでしょうけど、
この度の結婚にあたり、さすがに、前夫の名字を載せられなかった模様。

○度目って、すごいなぁって思います。

もう何度も失敗しているのに、またご結婚ですか?
結婚とは、それ程魅力的なものなのでしょうか?

てか、50代に突入して、披露宴なんぞするのかってことにも驚きましたが
逆光気味のプロフィールのお写真には、年輪が現れて痛々しい。
元から美人じゃなさげだし、どうして写真なんか載せる気になるんだろ?

私のようにズボラな人間には、この歳でグウタラな生活を手放せないし
不美人なオバサン(私)の花嫁衣装は想像するだけでおぞましい。

年齢=独身歴の私には、結婚の素敵さが分かりませぬ。


私の知り合いも2度ほど離婚をしています。

で、3度目のチャレンジ(相手は医者)は未遂に終わりました。
相手のお母様の反対があったらしいです。
って、お相手は古稀間近?お母様は90代?

彼女、すでに年金をもらう歳を過ぎているのに、積極的に婚活。
年金だけでは食べられないのが現実ですけど…

愛情があっての結婚なのか、生きるための結婚なのか分からないけど
何度も結婚にトライするって、すごいなぁ~と思います。

ちなみに、2度離婚した知り合いは、従姉です。
まだ、結婚する気があるみたいです。

血のつながりを感じさせない、なかなかのチャレンジャーですw

根性なしの私には、そのタフな心がうらやましい。←半分本音(●´ω`●)



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ベッキーさんは何をしたの?

パソコンの電源を入れたら、ベッキー、ベッキーって、ベッキーがいっぱいなのだけど…
はぁ、テレビに復帰されたのですか。

元からベッキーさんがあまり好きじゃないのと、あまりテレビを観ないので、
ベッキーさんが、いてもいなくても関係ない生活を送っています。

それにしても、20代の男に騙された三十路女を叩いて、一体何が楽しいのでしょうね。

たまたま観たテレビで「まず、嫁に謝れ!」って、何を言うとりまんのや?
何を議論しとりまんのや?

ものには順序がある。
世渡り上手になるためには、落とすべき所を落とせって話なんでしょうかね。

なんかねぇ、行き遅れそうな三十路女が、恋をして有頂天になっただけなんじゃね?
としか、オバサンには思えないのです。
きっと嬉しくて、楽しくて、必死だったんだろうなぁ~って。

相手の実家に挨拶にまで行ったのに、結婚してたなんて、すげー後出しジャンケンだと思うし、
ラインの「スプリング センテンス」だって、文春の強烈な後出しジャンケンだと思う。

どっちも知ってたら、やんねぇだろって話しよね。

後出しジャンケンのグーにぶちのめされて、なんか、気の毒すぎるわ。



♪♪ああ あなたに恋心 盗まれて~♪♪

ベッキーさんは何をしたの?

ベッキーさんは(イタイ)恋をしただけ。

ありがちな話しよね。
違うのかしら?




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孤独者

盆も正月も何もせずに引きこもる私。
よく、貧乏だから何処にも行かなかったというブログを見るけど、
その引きこもりっぷり、甘くないかい?と、思うことしばしばw

お金もない。友だちもいない。寂しい。希望もない。だから?
だから部屋に引きこもる。
だから『孤独』だとでも?

『孤独』というフレーズを目にすると、イヤーな気分になるのはナゼ?

『孤独』という言葉で美化された、自己憐憫的なものが私は好きではない。

どうして人は、自分のみじめさを正当化したがるのか、さっぱりワカランです。


これは、あくまでも私の主観ね。
『孤独』を感じている人は、多分『孤独』なのだと理解はしてます。

基本的には感覚の違いなだけだから、
私の感覚が他の人の感覚と違っていても当然だと思っているので、
そのように受け入れていただけたら有り難いです。

憐れな自分を演出するための『孤独』なんて言葉、私は嫌いです。
って、何を宣言してるんだかw


ながーく生きて、寂しさを感じたことは多々あるのですがね。

私・・・一人で外食ができないんですよ。喫茶店にすら入れない。
なんとなく、間が持てなくてってねぇ
コーヒーを飲みたいのに、水飲んで待つってねぇ。。。
待つこと自体、面倒だしねぇ~

いつの間にか一人でいることに、寂しさや苦痛を感じることがなくなりました。
沢山の人がいて、沢山話して、笑いながら感じる身の置き所のなさ。
上っ面だけ他人とかかわることの煩わしさ。
深くかかわることのうざったさ。
そういうことに比べたら、一人でいることなど何のそのです。

こんな面倒くさがりには『孤独』ですら、とりつく島もないのかも知れません。

こちるに無視されて、行き場を失い、泣き崩れる憐れな『孤独』
フフフ。アホな空想が広がります。

もしかしたら私、孤独にすら見放されますかねぇ。 ( p_q)エ-ン

※魯迅の小説に『孤独者』というのがあります。私は好きです。


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まだら模様の空の下

BlogPaint


実家に帰ったときの空。

この写真の右側から、雨の国道を必死で運転し私は帰った。

実家に到着してすぐには、ほんの少しの青空が見えていた。
帰るまで、青空を見たのはこの時だけだった。

諸事情により部分として切り取った空は、味気なく貧相なものになってしまったが
実際の空は広く大きく高く、少しの青空を残して厚く重い雲へと、まだらなグラデーションが掛かっていた。

雨の切れ間の澄んだ空気と、鳥の鳴き声。
スズメ以外は何の鳥なのかも知らないが、都会のように遮る音のない世界では
どの声も、軽やかに伸びやかに澄んだ声に聞こえた。

実家は築60年以上の木造建築。
風が吹くたびに、実家はだいじょうか?と心配になるようなシロモノ。

一応手を加えて、分かりにくい補修はしているので、生活に支障はないが
古い木造家屋なればこその自然との一体感を味わうことができる。

さんざん大声で話し、笑い、床についたのは12時過ぎ。
ああ、眠剤を忘れてきたけど、しかたがない。そう思って布団にもぐり込んだ。

ここは、かつて、私の部屋だったが、現在は布団部屋。
好きな布団を敷いて寝なさいと言われても、
私が引きづり出したのは、かつて私が寝ていたせんべい布団。


「そんなもの敷かなくても、こっちに(来客用の)良いのがあるのに・・・」
そう言われても、私はお客じゃないし…
「イイノ。いいのっ! いいったらイイノッ!」だって、これが私の布団なのだもの。

古くて色の変わったタオルケットを掛けようとしたら、「こっちのを使いなさい。」って
再び「イイノ。いいのっ! いいったらイイノッ!」と叫ぶ私。
この小汚い色のタオルケットで私はずっと寝ていたのだもの。

おい。布団敷くだけなのに、何を戦っているんだい?私達w


明かりを消し、布団にもぐると風の音が気に掛かる。
雨に洗われ、澄んだ空気が少しの冷気と共に私を包む。
その懐かしいシャッキリとした空気と風の音が、私の眠りを妨げる。

ああ、明日は早く帰るのに眠れない・・・
ウトウトしては風と空気に揺り起こされた。
まだらにしか眠れない。

それでも目が覚めたら外は明るかった。
でも、6時にセットした携帯の目覚ましはまだ鳴らない。
日が長くなり、夜明けが早くなった。
窓の外では、早起きのスズメが盛大におしゃべりをしている。
もう少し眠らなくては…

と、下から母達の声が聞こえた。
不思議に思い時計を見たら、すでに7時。(゚ロ゚;)エェッ!?

なんてこった。目覚ましの設定で曜日を間違えていた。
どうやらしっかり眠ってしまったようだ。(゚∀゚)アヒャヒャ

朝ご飯を食べ、「気を付けて帰りなさいよ。」と、家族に見送られ
予定より2時間遅れで実家を後にした。

雨を含んだ空を見ながら、霧の峠を下り、この街に帰ってきても
所々に青空を見せながら、それでも雨が降っていた。

田舎での思い出に未練などはないが、私の家族の住む家や
あの場所から見える木々や山。光・空気。そして想い。
捨てきれない愛着は、いつだって私の中に帰りたい風景として蘇る。

まだら模様の空の下、私の心もまた、まだらだ。



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母の日・・・だったのですかぁ

よそ様のブログを読んでいて、8日が母の日だったと知りました。
5月の第2週の日曜日って、こんなに早くにくるものですか?
いつもゴールデンウィークが終わって、一息ついたころに来ていたような…

いずれにしても、私が母の日にプレゼントを贈ったことはないように思います。
あったのかも知れませんが、もう、忘れてしまいました。

私は母の日とか、父の日って、あまり好きではないのです。

なんだか取って付けたように『感謝』をする日を押しつけられてるようで、気に入らない。

感謝って、決められた日に、全国民が一斉にするものなの?
しなきゃいけないものなの?

中学生のころ、いじめっ子が「母の日」を盛大に語るのを見て
その大げさな感動物語がとてもいやだった記憶があります。
生きてる母には赤いカーネーション。亡くなった母には白いカーネーション。
母の日に感謝を示さないのは人でなしよ。キーッ!的な。。。


なんか違うよなぁ。
感謝って、するものであって、させられるものじゃない。
強制されて横並びに、「ありがとう」って、気味が悪くないかい?

なにより今のように、商業臭のする義務としての感謝なら、
バレンタインの義理チョコと変わらない気がするのですがねぇ。

ああ。母のことは好きですよ。
好きだからこそ一層、儀礼的な母の日が好きになれません。

母の日を忘れておきながら、グダグダと言い訳を並べてみましたw

いくつになっても、アホな娘です。



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