お月様にあいたくて

闇夜の砂漠で月を待つ。 それが日常。 たまには、こっそりひっそり毒でも吐こうか。

サン太の話

ある猫ブログを読んでいるのだが、その人の野良猫に対する姿勢に頭が下がる。
この子でもあの子でもなく、ひたすらに猫を愛して止まない人。

私などは、タヌコ に 愛情を感じたわけで、猫全体に愛情を持っているのではない。
なのでその人に羨望の眼差しを向けつつ、意地悪な考えも頭に浮かんだりする。
全ての猫を『愛して止まない』は『愛して病む』に通じるのかも…と。

疑うことなく『病み続けられる』なら、それはそれで結構なこと。
覚悟の上で『病む』のなら、それは尊敬に値することだと思います。

……………

十年くらい前だったろうか、その猫たちは突然姿を現した。
シャム系の家族?総勢5~6匹。

母ちゃんと父ちゃん。
ほとんど大人になっている長男と次男と三男、たまに四男?な感じ。
多分、一家族まるっと、捨ててったロクデナシがいたんだろうね。

会社にいたおじさんは猫が大好きで、以前から野良ネコにエサをやり続けていた。
なので、当然そのシャム一家も会社周辺に居を構えた?

おじさんは餌をやり、しょっぱい竹輪をやり、与えてはいけないチーズをやる。
「動物好きで猫に好かれるオレ。いい人!」を目指していたのでしょうか。
純粋に猫が好きなようには見えなくて、残念な空気をまとっておりました。

猫のエサってくさいのよ。
夏になったら悪臭に近いし、蝿もたかる。
カラスだって喜んでやって来る。

ご近所めいわくなんぞ、何のその…
「いい加減でやめときなよ」なんて言っても、聞く耳持たず。
優しい自分に酔いしれておられたわ。
仕事が終わったらほったらかしで帰ってしまうくせに。

…………

最初に死んだのは、母ちゃん猫。交通事故でした。
やがて四男が来なくなり、次男も事故にあってこの世を去り
父ちゃんも姿を見せなくなり、長男はパン屋の近くに引っ越したらしい。
雄猫たちは冒険家だから新天地を求めて旅だったのでしょう。

ほんの一夏のこと。

翌年、生きていたのは長男と、会社の近くに住みついた三男のサン太だけとなっていた。

まあ、猫たちのことは裏玄関の話で、表玄関を利用する私には関わりないこと。
ご近所とトラブらなければ、放置でいいと思っていた。

そして、翌年の夏。
会社をでたら猫が鳴きながら寄ってきた。サン太だった。
汚れて痩せた体。ゴワゴワでヨレヨレのヒゲ。よだれでカピカピの口元。
お腹が空いているのかニャーニャーと鳴き続ける姿が可哀相で
犬用に持ち歩いていたチーズ(動物用です)を指先で潰して地べたに置いてやった。
ムシャムシャと食べ、少ししたら吐いた。

おじさんはサン太が病気なのを知っていた。
「エサを食べてもほとんど吐いちゃうんだよねー」って言いながら
でも、シャム猫特有の用心深さがはんぱなくて、
捕まえられないから仕方がないと放置していた。

秋が過ぎて、冬の始まりに近づいた頃、おじさんがようやくサン太を捕まえた。
水を飲むのもやっと。明らかに衰弱しきって手遅れの状態だった。
病院は症状を伝えただけで、診察さえ拒否。←仕方ないけど

おじさんが責任を持つということで、サン太は裏玄関で飼われることになった。
といっても、すでに立ち上がることさえままならない状態。
保護と言うより、飼うというより、看取りといった感じでしょうか。
私は関知せず。

それでも何日か目の夕方、様子を見に行くと冷たいコンクリートにタオルが1枚。
湯たんぽ代わりのペットボトル2本に挟まれてサン太は眠っていました。

なんかね、衝撃的だったわ。
冬間近の北国のコンクリートの冷たさや、シャッターからのすきま風。
あっという間に冷めてしまうペットボトルの水の冷たさを想像してごらんなさいませ。
おじさんの愛って、どっち向いてんだか分からない。
サン太はもう寝返りも打てないというのに。
冷たいコンクリートの上、冷水に挟まれて夜を過ごしていたなんて…

あまりにも可哀相すぎて、段ボールを何枚か重ねて、古いセーターを敷いて、
タオルで周りを囲ってやりましたよ。
生きられないのは分かっていても、生きてる間は、せめて少しだけでも快適に…

それから間もなく、呼吸をするだけになってしまったサン太を
おじさんは工場に入れてやりました。
寒くないようにって、乾いた温風がガンガンあたる場所に。
おじさんの優しさに何も言えなかったけど、
私は残酷なことするなって思ったわ。

夕方、終業間近、サン太を見に行ったら、段ボールの箱の中で
四肢を突っ張って痙攣していたわ。
でも、箱が小さくて足を伸ばすことすらできない。
窮屈な箱の中で、もがくように痙攣するサン太。

見てられなくて、箱をこわすようにお願いしたわ。

そしたら、大きく息を吐いて、動きがとまった。
終わったのか?と思ったら
おじさんが、「サン太!」と言って、体を揺すった。
と、呼吸を再開するサン太。

5分もせずに、また痙攣が始まり荒く大きく息を吐くサン太。
おじさんが手を伸ばそうとしたとき、私はそれを止めたわ。
「いかせてあげなさい。」って。

サン太はそれっきり呼吸をしなかった。

ねえ、私って冷たかったかしら?
おじさんは、優しかったのかしら?

おじさんは泣いていたわ。

優しさってなんなのかしら。

……………

その猫ブログの主は、私には信じられない程、猫に愛情をそそぎ、
保護し、治療費を支払って野良ネコを飼っている。

その人のブログの中に、こんな言葉があった。
「動物愛護は 助けるか 見殺すか それしかない」


そうね。私には見殺すことしかないってことなんだわ。



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耳を疑う・・・切ないわ

さっきまで、見てはいないがテレビつけていた。
ネットばかりしてないで、ニュースぐらいはみなくちゃね。

そして7時半がすぎ、なにやら音楽番組が始まった。

で、だ。
すんごくヘタクソなんだけど、聞き覚えのある懐かしい歌が聞こえて来た。
誰の歌だったっけ?
そーだ。アグネスチャンの歌だ。

それにしてもヘタクソだわ。
聞いてて息苦しくなってきたので、誰が歌っているのか見に行った。

アグネスチャン。その人だった。
黄色っぽいロングドレスを着て熱唱していたわ。

そうよね。もうかなりの歳だものね。
目元の激しいシワも、高音ののびない声も、お年だものねと思ったりもするが…

聞き苦しいと、見苦しいが一緒くたになって、その痛々しさが切ないわ。

そして、アグネスチャンが終わると、次の息苦しさが襲ってきた。
ザ・リリーズの「好きよキャプテン」・・・とな?

ビジュアルも含めて、アグネスに優るとも劣らない痛々しさ。
ハリがないのは、声と肌。チョッピリだけど悲しいわ。。。(゚∀゚)アヒャヒャ

誰の話にのせられて、こんな姿をさらしちゃってるの?
というのが、素直な感想。

初老の女たちの笑顔の歌声と華やかな衣装に心がざらついた。
懐かしさよりも、そんな姿、見たくなかったよ。と。

やがて松田聖子が出てきて、松田聖子の歌声が聞こえて
私は安心してテレビの前をはなれることができた。
さすがだわ。松田聖子。
がむしゃらにプロだわ。松田聖子。
枯れない女の風格に、おばちゃん頭が下がる思いよ。

うらやましいわ。
まぶしいわ。

……………

松田聖子の歌が終わったので、速攻でテレビを消した。
せっかく息苦しさが解消されたのに、
酸欠なんかになりたかないわ。

……………

アグネスチャンもリリーズも、色々お手入れ怠ってないと思うのだけど
結果はああなんだもんな。
芸能人でさえああなるなら、私なんてどう見えるやら・・・

歳を取るって切ないことだと、芸能人をみてしみじみ思った。

にしても、アグネスチャンの歌は、驚くほどヘタクソだった。←しつこい!



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失業保険を調べてモヤモヤする

疾風怒濤で同僚達を見送ったのは去年の暮れ。

片付けは、廃業までまだ時間があるのでゆっくりしようと思っていたのに
社長が、手当たり次第に片付ける。
というより『馬車馬のように物を捨てる』(←こんな言葉はありませぬ)ので
私は馬車馬に引きずられてアタフタしまくっておりました。

そして、ヤレヤレ一段落。
で、気がつけばもう2月も過ぎてすでに3月。
残り時間がどんどん減って、パニック寸前の私がいる。

その原因は退職後の収入と支出。
仕事を辞めてからの収入って、やっぱり失業保険以外考えられない。

他人の手続きに気を取られ、アホみたく余裕をぶっこいていたのが間違いだった。
失職するのはもう間近だというのに、自分のことを調べてあわてふためき
その複雑さに頭がついていけずズズーンと重くなる。

なんか、色々つらいわ。


60歳。
この年齢を境に、未満と以上では、支給日数と金額が激変するとは思っていなかった。
一生懸命働いて来たのに、突然わけの分からない線引きが出現して
かなり、とても、激しく、驚いてしまった。

安月給の還暦女に、現実が厳しすぎる・・・



失業保険は、勤続年数・年齢・退職理由で支給期間と金額が大きく変わる。

ネットを使って金額を出してみた。
 私の場合、勤続年数は20年以上。
 ※月額給与 10万円は現実的ではないけど、見比べるのに便利。
 失業給付


今更、自己都合での退職はあり得ないけど、その金額もあり得ないことに超ビックリ。
還暦間近で仕事を辞めて、3ヶ月も待たされた上、この金額じゃ生きていけない。
お前が我が儘で早まっただけだろうと、お役人様は認定なさるのか?
腹が立ったとき「辞めてやる!」とかって、息巻いてたけど、早まらなくて良かったわ(笑


まあ、それはそれとして、60歳ビフォー・アフター。
何故、どうして? 60歳をすぎたら支給日数が90日も減ってしまうの。
日数のみならず、日額まで下がってしまうって酷すぎるわ。
かるーく数十万円の差ができる。

還暦過ぎた方が仕事にありつきやすいとでも?
60歳を過ぎたら求人先が湧いて出てくるとでも?
誰がどんな根拠でこんな理不尽を押しつけてくれたのかしらね。
無理言っちゃいけないよぉ~

役人達って、バカなんだわ。
本当にバカなんだわ。
バカなんだわ。

と、怒りつつ、私は現実を目の当たりにして思い悩んだのです。
社長にお願いして、60歳になる前に解雇してもらったほうが良いのか…
それとも、会社の最後を見届けようか…


電卓たたいて、試算をくり返して出した結果は最後まで会社に残るでした。
これから出る給料と社会保険料なんかを考えたら、
60歳前に解雇してもらっても大した差はないみたい。
ならば、とりあえず身分がしっかりしているほうが良いもの。

でもねぇ~、なんだかねぇ~、モヤモヤするわ。
誕生日の昨日と今日で、こんなに支給条件を変える必要ある?
どうして年寄りの方をいじめるの?

59歳より、60歳のほうが絶対に就職しにくいよね。
年金だってまだもらえるわけじゃないのに。
なのに、なんで受給条件が悪くなってしまうのよ。
おかしくないかい?
おかしいだろう!



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まいったな

そうか、もうすぐひな祭りか。
あれよという間に2月が終わるんだ。

で、今日の話題は、ひな祭り。ではなく、その1ヶ月まえの節分のお話。

節分の3日前、実家から電話がかかって来た。
「母さんが還暦のお祝いに2万円用意してあるから今度来たら渡すね。」とのこと。

いやいや、いやいや、もうお祝いも小遣いもいりませんよ。
「でも、母さんの気持ちだっていってるから、預かっとくから今度ね。」 だと。

まいったな。
もう、子どもの時代は過ぎて、私も老人なんだけどね。
関係は親と子だから、子であることは間違いないので
母にとっては子どものままなのかも知れないが…

ちょいとばかし、こんなのが子どもであることが申し訳ない気がする。


すっかり忘れていたのだが、還暦って厄年なのね。
「神社に行ってお祓いしてもらいなさいよ。」って、言われていたのに
きれいさっぱり忘れて寝過ごしてしまった日曜日。

まあね、厄除けしなくても、私自身が厄そのものって感じなので
お祓いなんかしたら、この世から消えちゃうかもって感じですかね。
ええ、冗談です。母には絶対言いません。


でも、本当にまいったな。と、思います。
老人になっていく娘を心配し続けている母に申し訳なくて。

かといって、今更できる親孝行もないわけで
ひたすら、まいったをくり返す私なのであります。




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賞味期限は永遠です!

若い人を見て、思いをめぐらす。

唐突に、私にだとて若い時期はあったなどと思う。
未経験というのは無防備で、かなりマヌケな生き方をしてきた。
おかげでこの人生、擦り傷切り傷だらけだわ。

失敗に気づいて、やり直せた時点というのがはあっただろうに
立ち止まることなく、振り返ることなく、生きて来てしまったのは
やり直すことより、やることに夢中になれる若さがあったから。
自分にとっても、若さって罪だし、残酷なものだと思う。

あれからあまりに遠くに来てしまったので、
重ねた擦り傷達は立派なタコになって、私をしっかりガードしてくれる。
タコだらけのはずなのに、まだむき出しのやわらかな部分がどこかにあるらしく
たまに痛い思いをして、慌てることもあったりするけど
それは若さではなく、未熟って指摘されたら身も蓋もないわね。

まあ、この人生、大した後悔がある訳ではないけど、
これから先は、世間の視線を気にしつつ、大人ぶった(←あれ、老人か?)
賞味期限ギリギリみたいな生き方を強いられるのかと思うと
なんだかとっても息苦しいわ。
切ないわ。

とはいえ、これから先の未来を思うと、私はまだ若いのよ。
なーに、今の私は明日の私より若いのさ。
だから、寿命が尽きるまで今の私はまだ若いって思うことにしよう。

まだ現在進行形なのに未来を過去形で考えるのはやめなくちゃね。

私の人生、賞味期限は永遠です!

※今日はちょいと弱気な自分を鼓舞してみました。



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